2013年8月6日火曜日

カトマンズでの日々

憧れのネパールへ。


東南アジアを抜け、一気に町や人の雰囲気が変わり、ただただ興奮していた。
トリブバン空港を出てすぐ声をかけて来るタクシーの運転手はみんな、彫刻の様にキレイな顔立ちをしている。イケメンばかりだ。

とうとうネパールに来たのかと、嬉しくなった。


その足でタメルと言う町にやって来た。変わらず町は人でごった返しているが、東南アジアの熱気とはまた違った独特の空気が漂う。

朝晩は寒い程、日中も涼しく過ごしやすい。
そして、町全体が排気ガスと砂埃でくすんだ色をしている。耐え切れず、すぐにマスクを買う事になった。

雨の日が続いたのもあって、何をするでもなく、1週間のんびりと過ごした。

タメルの町の夜は早い、10時にもなれば店はどこも閉まり始め、真っ暗になる。街灯もなく、歩いてる人もまばらだ。


私たちも毎晩早めに帰っては、部屋にも戻らず、ぼーっと宿のテラスで何時間も過ごした。

宿のスタッフ、レストランの店員、日本食屋のママ、お土産さんの家族、ツアー会社のスディールさん、道行く人。
ネパール人と会話をする度に、この国をどんどん好きになって行く。


町中からは甘い香りがする。店先ではお香が焚かれていた。

偽物の登山用品店や、刺繍が見事なTシャツ屋には、エベレストの文字やネパールの国旗のデザインが多く並ぶ。
シルクのスカーフ屋にパシュミナ屋、雑貨屋、アクセサリー屋、紅茶屋、スパイス屋。
歩いているだけで、本当に面白いのだ。美味しいダルバート屋も見つけたし、日本食も噂通り美味しい。

膨れあがったお腹で、やっぱりここでも店員さんとのおしゃべりが弾む。



ある日は小高い丘に建つスワンヤブナートまで歩いて向かった。

長い階段が目の前に現れ、息を切らしてやっとこ登り終えると、ブッタアイと目が合うのだ。


今日は掃除をする日なのか、参拝者は笑顔を交わし合いながら、丁寧に寺中を洗っていた。

細かい所は色鮮やかなサリーを纏った女性達が、高い所はハシゴをかけて男性達が。人で溢れかえって居る。


その光景に強烈な異文化を感じた。

でも、それは日本で言うなら近所の公民館をみんなで大掃除している様な、自然な光景でもあった。


カトマンズの町を一望して、深呼吸。
30日のVISAも取った。

ゆっくりネパールを満喫しよう。
重い腰を上げ、チトワンへ向かう。



つづく。

2013年7月30日火曜日

ホーチミンでの日々

そこかしこから鳴り響くクラクションの耳障りな音。
少し立ち止まろうものなら、これみよがしに話しかけて来るバイクタクシーやホテルの客引き。

いよいよやかましいホーチミンに着いた。


バックパッカーの集まるデタム通りまで出ると、記憶がたちまち蘇ってきた。去年もヒロちゃんとホーチミンを旅したのだ。

長時間の移動で疲れていたはずなのに、すっかりボルテージは上がり、早速飲みに出かける事にした。

土地勘があるのは嬉しいもので、
この道通ったね、だの、ここ行ったねと、足並みが揃う。


翌日もとにかく歩いた。歩けば歩く程に思い出話が湧いてくる。

スイティエン公園の衝撃、ニャチャンまで乗った寝台列車、パッとしなかったメコン川クルーズ。そして、町探索。

ベンタイン市場を見つけた時は悲鳴に近い声を上げた。
二度目の再来は想像以上に楽しいものになった。




迷ったけれど、今回は去年行けなかった戦争証跡博物館へ行く事にした。
ベトナム戦争は僅か40年前の話。館内には目を背けたくなる写真が並ぶ。

何十万人の死者が出た事、今もなお苦しむたくさんの人たちが居る事、戦争を知らない私たちが知らなきゃいけない事、忘れてはいけない事、考える日になった。

糸口になったと思う。

いつになったら終わるのだろう。
世界はまだ、こんな戦争を起こそうとしてるの?







つづく。

2013年7月29日月曜日

ホイアンでの日々

雨季のこの時期は一日に何度かスコールに降られる。
外に出ていれば、ましてバイクにまたがっていた日には、くっそー!と、声を出してしまいそうになるが、20〜30分も待てば止む。

私はこの時間が何となく好きだった。リズム良く地面を叩く、雨の音。
宿のロビーでホイアン最後の演奏を聴いていた。


黄色の壁で統一されたホイアンの古い町並みは可愛らしい。


夜になると町中の提灯に明かりが灯り、日本のお祭りの様で嬉しくなった。
夏休みに入ったばかりの日本でも、今頃はっぴ姿の子ども達が綿あめでも頬張っているのだろう。


夕飯は町の外れにある屋台で、ホイアン名物のホワイトローズを食べ、ビールを飲む。
このホワイトローズと言う水餃子に似た食べ物が絶品で、すっかり気に入ってしまった。発祥と言われるお店にも行ってみたが、屋台の味の方が口に合うらしい。


1500年代終わりに日本人によって建設された、日本橋。橋を渡ると更に町が続く。


ただ町中はどこも観光客向けのお土産屋さんがほとんどなので、半日も歩けば飽きてしまうわけで。

そんな迷路の様な町をぐるぐると歩いて回ったのは、レンタルしたバイクがなくなっていたからだ。焦った。 

近くに居た人に聞いたら、あそこに移動されたんじゃないかと言う。言われた所へ行ってみたものの、並べられたバイクの中に私達のバイクはなかった。
途方に暮れ元の場所に戻り、どうしようかと辺りを見渡すと、見覚えのあるバイクが。

少し離れた所に移動されていただけだった。邪魔だったんだろうな、ごめんなさい。
しかし、今度はそこで関係ないであろうお土産屋さんのお兄さんが、お金をよこせと言う。
ホッとしたのと同時にどっと疲れが出て、気づけば日本語で散々文句を言っていた。

そして、情けない事に少し高い歩道に乗せられたバイクを車道に下ろす事が出来ず、最終的にそのお兄さんにヘルプヘルプと何度も頼み、渋々手伝ってもらったんだった。
帰り際には調子良くバイバイと手を降って。


やっとこ見つけたバイクにまたがり、降り出した雨が止むのも待たずに、そそくさと宿へ走り出した。

雨音は次第に強くなり、宿に着いてすぐ土砂降りに変わった。大合唱が始まった。



このまま駆け足で、一気にホーチミンまで下る。またしても24時間のバス移動。
10日間でベトナムを下るのは少々無理があったかな。


出発前に入ったお店で噂に聞いていた15円のビールを見つけた。最高。もっと早く行きたかったな。


つづく。

2013年7月23日火曜日

ハノイでの日々

VIPバスだと言われて連れて行かれたバスステーションには、しょっぱいバスが停まっていた。

現地の人たちの中、旅行者は5人だけの様だ。ローカルバスの余った席に、乗せてもらった。と、でも言うべきか。
詰め込まれた一番後ろの席はカーブの度に力を入れないと座って居られない。


それでも過酷と聞いていた24時間の移動は、寝て食べて話して音楽を聴いて窓の外を眺めて、
そうしていたら、ベトナムはハノイに着いた。


ラオスで知り合った健太郎くんも同じ夜にベトナム入りし、宿も近いとの事で、翌日ハロン湾へ一緒に行く事にした。ずっと行きたかった場所の1つだ。


ハロンとは龍が降り立った地と言う意味があるらしく、まるでドラゴンボールの世界。


数年前から世界遺産の写真集や各国のガイドブック、旅行記ばかりを集めては、日々ニヤニヤと過ごしていた。

指をくわえて眺めていたそれらの景色を、遺跡を、建築物を、いざ目の前にした時、
悲しいかな、期待が膨らみ過ぎて、あれ?と思う事は少なくない。

カメラマンがベストシーズンにベストスポットで撮った写真と対比するのもナンセンスなんだろうか。



紛れもなくハロン湾はそこにあって、生憎の曇り空の下、大小様々な無数の島々が遠くまで広がっていた。
もうずいぶんと写真やTVで知ってしまったその景色は、私の目に何だか色褪せて写った。

それでも振り出した雨が止み、改めて辺り一面を見渡した時、
来て良かったと思えるのは、やっぱり自分のこの目で見れたからだろう。見たかったからだろう。

目的地に辿り着くまでの過程はいつも楽しいし、この先もこの目で見たい世界遺産はたくさんあるんだ。


ハノイの町中へ戻り、乾杯した。
ベトナム料理を食べようと入ったお店で頼んだシーフードの鍋は豪華で美味しかった。店員のキュートなお姉さんが目の前で具材を入れ、取り分けてくれる。
ガツガツと食べてはビールを飲み、一段落した所で、
ベトナム料理とても美味しい!と伝えた所、これはラオス料理だと派手に笑われたんだった。



その国の人の満面の笑みを見た時、笑い声を聞いた時、その町を一気に好きになる。
ゲストハウスのスタッフ、同じバスの乗客、屋台で相席した人、話しかけて来る怪しい人。
人、人、人。
私はベトナムが好きでベトナム人が好きだ。

サパへ向かう健太郎くんとはここでお別れ。
またどこかで会えるだろう。そんな気がしてならない。
冗談の様な口約束もいつか実現するんじゃないかと思ってる。



雨漏りする窓側の席、汚い毛布で寒さをしのいだ。
スリーピングバスで18時間、次なる町はホイアン。 
移動が続き、少し疲れが溜まって来た。



つづく。

2013年7月21日日曜日

ルアンパバーンでの日々

何もないと言われたラオスの何を知る事も出来ずに、この地を後にする。


バンビエンから、更に北のルアンパバーンへ向かった。

6時間の道中、乗り物に乗るとすぐ寝てしまう私が、しばらく窓の外に見惚れていた。
次から次へと目に飛び込んで来る大自然に圧倒されっぱなしだった。天にも届きそうな山のてっぺんと、繋ぐ深い深い谷。

裕福とは言えない家が現れては、並んだ。砂ぼこりの中、全裸で遊ぶ子ども達。まだ幼いであろう女の子が赤ちゃんを負ぶってたくましく歩く。
昼下がり、子どもばかりを見かけた。学校には通っていないのだろう。

ぐんぐんと山を越え着いた先、ルアンパバーンは町全体がユネスコの世界遺産に登録されていると言う。静かで落ち着いた町並みが印象的だった。

翌朝、まだ薄暗い早朝5時に気合いを入れて起床し、托鉢風景を見に行った。バナナとお菓子を買い、僧侶に手渡す。
鮮やかなオレンジ色の袈裟が幾重にも連なるその光景が目に焼きついた。


クアンシーの滝はなかなかの迫力で見応えも十分にあった。ブルーラグーンより、水もずっときれい。

でも、目的は下った先にある乳白色の天然プール。
わー!きゃー!と、飛んでは泳いだ。潜むドクターフィッシュに何度も足をくすぐられながら。



ここラオスでは、日本人と遊んでばかりいた。
カンボジアで出会ったけんたくんと嬉しい再開もした。
同じ宿で仲良くなったクロちゃんとは毎日の様に出かけた。


男の子の旅はいいな、改めて思う。

川にバイクで落ちた友だち、レディーボーイにiPhoneを盗まれた友だち、警察に捕まった友だち、みんな笑ってた。
夕飯時はビール片手にいつも賑やかだったな。



いよいよ24時間のバス移動が始まる。
国境を越え、4ヶ国目のベトナムに入る。そして、28日までにホーチミンへ行かなければならない。

計画はちっとも上手くいかない。

迫るカトマンズ行きの航空券を捨ててもいいと思った程に、ラオスにはまってしまった。


時間はあるはずなのに、想像を越えた世界は無限の時間を要する。

8日間の滞在では、ラープを味わい切る事も、ラオビールを十分に堪能する事も出来なかった様に思う。



またおいで、そんな風に言われてる気がした。



つづく。