2013年10月31日木曜日

帰国

こうやって放置するのはわかっていたけど、帰国すると連日連夜の酒盛りが待っていた。何より街で見かける「寿司」の二文字に飛び上がった。

そして、思ってたよりずっとすんなり日本に溶け込んでいた。成田の帰り道、高速道路から見えた都内の夜景には、少しだけ怯んでしまったけども。

とりわけ我が家の醤油臭い匂いは、私をすぐに日本の感覚に戻してくれた。居間で家族と過ごす時間は、出発前とさして変わらず、ほっとする。
もう11月になる。
冬はすぐそこだってのに、私の肌は真っ黒に日焼けしていて、まぁそれ以外、誰もそんなに驚いたりはしない。

改めて、日本の素晴らしさと不安に気づかされることは多いけど、さほど振り回されることもない。
自分の歩幅を知ったことで、おろおろと歩調が乱れることもない。今はそんな気がしている。


行ける所までの旅路予定は5ヶ月で、お腹いっぱいになった。

予期せぬ可笑しな事件や不思議な出会いに、興奮したり落胆した日々。
ある日を境に無抵抗に受け入れた旅路は、言葉では上手く表せない、あったかく膨れ上がる思いを連れて来てくれた。
それはそれは気持ちが良くて、少し中毒性がある様だ。

ただただあの時、半ば強引に飛び出した足は、未知の地を踏んだり、踏み外したりして、ヨチヨチ、テクテクと、歩いた。
相変わらず地に足がついてないと言われてしまいそうだけど、このまま、この感じで、また歩き出す。

手前味噌ではあるが、振り返ってみても、私たちにしか出来ない旅だったと思う。
それは他の誰にとっても同じことで、生の人間が流れる時間の中で、まったく同じ旅なんて出来っこない。
あんなに憧れた古い旅行記や眺めた美しい世界遺産の写真集の記憶は一瞬で吹き飛び、計画がボロボロと脆く崩れていく感覚は、何だかスカっとさえした。そもそもの計画性の無さは置いといて。

もう二度と観れない景色を、会えない大好きな笑顔を、マネの出来ないあの隠し味を、思い浮かべてみても、寂しいばかりでもないんだ。

そうやって、その都度、私たちが私たちのものさしで選んで来た道は、結局単純で底抜けにマヌケだった。

それを一緒に楽しめるのが、やっぱりヒロちゃんなんだと思う。
さて遊ぼうと思った時に、1番に浮かぶあの顔。人に話せない様なバカげた話を、ぞっと鳥肌が立つ様なロマンチックな話を、真面目に聞いてくれる人。話す人。お互い様。
そうそう、最後の最後にハンピで泥酔した時は、ずいぶんと迷惑をかけた様です。
謝りませんが、ありがとう。
いい旅だったよ、心底そう思う。


インドにすぐにでも行きたい気持ちはあるけれど、言ってしまえば、どこだって構わない気さえして、そうとなったら、どこへでも行くつもりで、ここで今日も今できることをして行こうかな。


勝手に出て行き、勝手に帰って来ました。
日本のごはんは、ほんとに美味しいね。そして、寒くてびっくりだ。

ただいま。




つづく。

2013年10月17日木曜日

アランボールビーチの情報

イスラエル人が教えてくれたOM STARは、常連客が集まるコアな宿だった。
オールネパール人で経営してるらしく、スタッフはとにかくフレンドリーでまったく調子がいい。やっぱりネパール人はインド人より働き者だと思う。
海沿いに並ぶレストランの中でも一際賑わっていた。ここのモーニング、ボリューム満点で美味しかったな。


決して清潔ではない部屋だったけど、何だか居心地良かった。
1ルーム400ルピー、ハイシーズンは少し値上げするらしい。

中でも1番仲良くしてくれたトカゲちゃん。部屋に来ては疲れたとぼやいていたけど、これからパーティーシーズン本番、がんばってね。


彼に教えてもらった、宿の裏の看板も何もないバイクのレンタル屋さん。
借りたバイクがポンコツで2度のパンク。そして、替えのバイクもエンジンが壊れたりと、バイク運ほんとなかったな。まぁ仕方ないけど、深夜にパンクした時はほんと途方に暮れたよ、トホホ。

1台1日200ルピー〜250ルピー。ガソリンは満タンで約200ルピー。ゴアはバイク必須。道も良いし、ノーヘルメットは気持ちがいいのだ。



何気なく入ったお店で仲良くなったアシッシュ。ちょっと待っててとどこかに電話をかけると、奥さんのじゅんこさんを呼んでくれた。


ゴア通のじゅんこさんには美味しいパン屋さんやジュース屋さんを教えてもらった。


アクセサリーを作るじゅんこさんは買い付けの為、ジャイプルへ。
その後もアシッシュの店へは毎日通った。と言うか、店の前を通る度に呼び止められ、話好きなアシッシュと15ルピーのチャイ1杯で何時間も過ごしたっけ。この魚、美味しかったな。


今シーズンが終わったら、日本で働く予定らしいので、また会える日がすごく楽しみなのだ。


BLUE DIAMONDのチャラチャラコンビ。OM STARから何件か先にあるレストラン。


ヒロちゃんをBABYみたいだとからかい、日本語を教えると、赤ちゃん赤ちゃんともう意味もなくひたすら連呼する、陽気な2人。ちなみに私はオールド赤ちゃんらしい。くそー!
まったく働かないお兄ちゃんは私たちの席に座っては、ビールを飲み、色々とご馳走してくれた。
ゴア限定のKING'SとTUBORGビールあり。



私たちが過ごしたのはアランボールビーチ。
パーティーで有名なアンジュナビーチまではバイクで1時間と少し遠いけど、ドライブが気持ちいいので、これ位の距離はなんてことない。

他にもバガやバガトール、カラングートなど、たくさんのビーチが南北に続く。中でも南のパロレムビーチが1番きれいらしい。遠かったから、行かなかったけど。

次回はパーティーシーズンの11月〜2月辺りを狙って来よう。ここぞとばかりに騒ごう。やっぱり夜遊びが好きなんだなぁ。



ティビム駅からアランボールビーチまでオートリキシャで550ルピー
アランボールからマプサのバス停まで車で400ルピー


つづく。

2013年10月16日水曜日

ゴアでの日々

砂浜を歩くヌーディストの集団。
月明かりに照らされて、波に合わせてふわふわ歩く姿は、おとぎ話の妖精みたいだった。

パーティーシーズンがスタートしたばかりのゴアはまだまだ静かで、パーティーもほとんどない。
少し淋しく思ったけど、過ごしてみたら妙にしっくりと来た。


お気に入りの道を一気に加速すると、アンジュナビーチまでもう少し。
片道1時間のドライブを日に2往復は当たり前。満タンに入れたガソリンはすぐに空っぽになるんだ。

特に何の予定もない、毎日。
刻一刻と変わる空模様が私たちのリズムになった。

泊まっていたOM STARで遅めの朝食、アンジュナまでドライブ、帰りにアシッシュのお店でチャイを一杯、夜はBLUE DIAMONDで乾杯。
すると、眠りに就くのは深夜。

町の人にはJAPAN!とからかわれ、夜は野犬にからかわれたっけ。


どこへ行っても陽気な匂い。
溢れる音楽。
とびきり気持ちのいい青空。
夜の潮風、打ち上げ花火。
時計は要らない。
シーフードだって食べれちゃう!

ここは楽園か、好きな人にはたまらないだろうなぁ。
私も好きだなぁ、ゴア。

パーティーなくても、全然いいじゃんか、ゴア。

そして、欧米人たちはほんとにチルアウトが上手ね。そんな私たちも終始ヘラヘラと過ごしていたっけ。

次に来る時は、ジャイプルのみんなを連れて、アパートでも借りてね、なんて、夢を見たりして。




つづく。

2013年10月10日木曜日

ゴアまでの道のり

列車は11時間程、遅れた。

夜の7時にゴアに着くと言われた時は、何度も聞き返した。だって、到着予定は朝の8時だったから。

インドの列車は遅れるのは当たり前なんてのはもう昔の話の様で、今の今までほぼ定刻通りに列車は動いていた。むしろ予定より早くに電車が駅に来ていて、焦ったこともある。

のだけど、やっぱりこんなことはまだまだ起こる様で、普段列に並ぶことをしないインド人たちは、この状況を何とも思っていない様子で、平然としていた。

もし日本でこんなことが起きたら、大ニュースになるだろうなぁと思うと、何だか可笑しくなった。
5分遅れれば、ホームで貧乏ゆすりを始める、働くサラリーマンの姿が頭に浮かんだ。

他国の人がイメージする通り、忙しい国!日本なのだ。私が知ってる限り1日は24時間なのだけど、日本人には足りてないのかな。
そう言えば昔、後3時間位あったらいいのに、なんて思ってたことがあった。

まぁ着くことは間違いなさそうなので、さて何しようか。

お腹が空いたけど、いつもなら大声で車内を行き来する売り子が来ない。駅に停車する度、小さな売店目掛けて皆が一目散に走るので、私たちが行く頃にはすでに売り切れだった。

腹減らしのヒロちゃんが果敢に何度も挑戦しては、乗り遅れそうになって、インド人たちと笑った。
そして、その度インド人たちは買ったお菓子やパンを私たちに分けてくれたのだ。食べたことのない名前もわからないスナックを少しずつ、色々と食べさせてもらった。塩とマサラをかけてかぶりついた胡瓜は夏の味がした。

エアコン車両の寒さにいよいよ耐えられなくなり、トイレ近くの通路にあった荷物に腰掛けるといつの間にか眠ってしまった。

寝ても覚めても外は一面、ただただ緑に溢れていた。

さんさんと降り注ぐ光を浴びて、畑は黄金色に輝く。気持ちのいい温風が車内にごうごうと吹き込んで来る。
一向に変わらない景色に飽きることはなかったけど、iPodの充電はみるみるうちに減っていった。何の唄が流れても、気持ちは明るかった。

視界を遮る建物など何もなくて、空が流れている。ぽつりぽつりと見慣れない作りの民家が現れては、広大な畑を耕す人々の姿。のどか。

緑の少なかったラジャスタン州から、一気に雰囲気が変わった。インドの国の広さを直に感じた気がする。

マルガオ駅から目的のアランボールビーチまではずいぶん離れてると聞いていたので、夜になってしまったし、困ったなぁと思っていた。

そろそろと思ってたまたま停車した駅でもうすぐか聞くと、今停まっているのが停車しないと聞いていた、最寄りのティヴィム駅だと言うじゃないか!遅延の影響でダイヤが変更になったのかな?ラッキー!
とにかくリュックを背負って、列車を飛び出した。

すでに真っ暗な夜の駅。
それらしき旅行者から、良い宿を教えてもらうと、トゥクトゥクで出発。




つづく。

2013年10月8日火曜日

ラジャスタン州での日々

乾燥したこの土地に暮らす男たちは、絶対的な強さを自ら誇っている様な我が物顔で、どこからともなくやって来るのだ。

外国の女とわかれば、もう何人も孫を持つであろう年の老人だろうと、まだまだ幼過ぎる少年だろうと、無差別に寄って来ては口説き始める。

最終的に辿り着く話はセックスについてだ。これがなかなか終わらないのだ。ついついこちらもヒートアップしてしまう。

先日、庭先に座るおじさまに声をかけられ話し込んでいると、道行く若者たちから好奇の視線を浴びた。すると、おじさま「俺のワイフだ!」文句あるか、と一喝。あっちへ行けと追い払うのであった。
そして、話の途中だった近所の犬の交尾の話をまた1からじっくりと聞かせてくれるのだ。

度々セックスの話で口論となる。
まずサイズと時間と回数を自信満々で語り出し、インド人と試してみるんだ!と皆口を揃えて熱弁し出す。ナイトライフを楽しもうぜってさ。
だいたい話半分で聞いているのだけど、その日は少し食い下がってみた。
私には大大大好きな彼がいてサイズにも時間にも大大大満足しているし何にも問題ないの、もう超ラブラブだし、そんなことをしたら愛する彼が超悲しむわって。
一点張りをした所、その人怒って口も聞いてくれなくなっちゃった。

こちらが少し強気に出ると結構簡単に怯むか拗ねる。
そんなラジャスタンの男たちが私は何だか好きだった。年齢は関係ない、しっかり男なのだ。

そんな男たちが煙草をせびってくるのは日常茶飯事だけど、自分はもらっといて後から来た人には、もう煙草は終わったと言ってくれちゃったりする。
散々人の煙草を吸いまくっといて、他の人がもらいに来るから、バックの中にちゃんとしまっとけとか言い出す。
それもね、俺優しいだろ?みたいな顔で言うから、憎めない。



ジョードプルの町は町を歩くだけでは、決して青くなかった。
城に登り、そこから町を眺めると、ギリギリ青かった。RPGの世界だなんて言われてるけど、ゲームをあまりしてこなかった私にはあんまりピンと来ないのかも。男の子が憧れちゃう町並みなんだと思った。

ピンクシティのジャイプル
ゴールデンシティのジャイサルメール
ブルーシティのジョードプル

この定番コースをなんだかんだありながら巡り終えると、南へ行きたくなって来た。

今まで3AC以下の席には乗らなかったのだけど、なかなか取れない次の列車のチケットにやきもきし、スリーパーで移動することにした。窓がないから外の悪臭が入って来ること以外、何にも問題なかった。

ムンバイで乗り換え、オンシーズンになったばかりのゴアへ向かう。とにかくゴアはビールが安いらしいからね。




つづく。

2013年10月6日日曜日

ジャイサルメールでの日々

駅を出ると待ち構えていた客引きの中から、目当てのホテルTOKYO PALACEの送迎を見つけた。

話に聞いていた通り、それは豪華で清潔で快適な申し分のないホテルだった。これで500ルピーとは信じられない。スタッフも明るくて、これじゃまわりのホテルはかなわないだろうな、と思う。

日本人のバックパッカーはあまり寄り付かない屋上のレストランを私たちは占拠し、平らな砂漠の町、ゴールデンシティを眺めていた。

たっぷりと新鮮な風が朝には吹き込み、風のない夜には冷えたビールを飲んだ。
パキスタンまで100km程らしく、至る所に警官の姿を見かけた町だった。

ここで1泊2日のキャメルサファリのツアーを申し込んだ。

ラクダの乗り心地は最悪と言うか、ほんとに股が痛くてほんの10分で苦行になったけど、タラタラと歩くラクダの顔はマヌケで可愛らしい。

後ろに乗った10歳のラクダ乗り、アリの容赦ないセクハラを受け流しながら、ゆらゆらと進む。

目印も何もない、砂漠の中の何となくの場所が今夜、私たちが過ごす場所の様だ。

着いて早々、ラクダ乗りの少年2人は夕飯作りに取り掛かかった。乾いた木や草は燃料になり、グツグツと野菜を煮込んでくれる。チャパティも焼かれ、ライスも盛られた。
砂混じりのカレーは噛む度にジャリジャリと音を立てたけど、外で食べるごはんはやっぱり美味しいんだよね。
食事が終わると、後片付けを手伝う。皿は砂で念入りに洗うと、ピカピカになったのだ。

駅からいっしょだった19歳の東くんは初海外でインド1ヶ月1人旅と、逞しくも危なっかしく可愛い男の子だった。
見るもの全てに影響を受けている様子で、とても羨ましく思った。東京生まれ東京育ちの彼は流れ星を見たことがないと言う。

夜はすでに始まっていた。

誰かが一番星を見つけるとすぐに、辺り一面は満天の星空に変わった。散らばる無数の光の中に、流れ星もしっかりと流れ、東くんはご機嫌の模様。
真っ白に輝くミルキーウェイはどこまでも続き、世界中の空を見上げる人々と繋がってるのかと、心底ロマンチックな気分に浸った。

ひんやり冷たいサラサラの砂の上に寝転がり、全身砂まみれになりながら、ほんの些細な話がいちいち可笑しかった。

一通りのおしゃべりが止むと、一気に静寂に包まれた。

ここがインドなのか、どこなのか、砂漠なのか、どこなのか、わからなくなる様な不思議な感覚を覚え、気づくと眠りに就いていた。
並べたベッドの上で、多分長い時間、ぐっすりと眠った様だった。


早朝、少年たちに叩き起こされると、太陽が顔を出し始めるその時。
自分の目線より低い位置から、でっぷり真っ赤な太陽が堂々と昇っていく。
1日の始まりの印に、おはようとお礼を言った。


このまま、この流れに乗って、ジョードプルを目指そう。
青の町だっけ?うん、着いたらわかるか。




つづく。

デリーでの日々

そんなわけで、デリーに戻ってから数日、失恋さながらの無気力状態が続いた。まさかの沈没って奴か。
実はデリー2度目なんだよね。

特にほんとに何もないデリーでは、仲良くなったオートリキシャの彼のマージン稼ぎに付き合ったり、コンノートプレイスの高級ショップを覗いてみたり、2人では食べ切れない料理を無理して胃に詰め込んではビールをあおったりと、やさぐれていた。

やっとタイミングがやって来てくれた。
薄汚れた窮屈な部屋で、その日も何をするでも無く過ごしていた。


嵐の様な異様なスコールが止んだ午後、目的地も定まらぬまま、大切な大切な彼らの言葉を噛み締めていたんだ。
彼らの悲しむ顔は見たくないし、次へ進むことをぼんやり考え始めた。

どこでも良かった。
結果、何となく砂漠へ行くことにした。
チケットを手に入れると、すぐにでもデリーを出たい気持ちになっていたから、ほっとした。

ジャイサルメールへは列車で18時間、久しぶりの長距離移動。

ジャイプルが近づくにつれ胸が騒ぎ出し、列車が止まると思わずホームへ飛び出していた。

彼らの姿を探したけれど、もちろん見つかるはずも無く、ほんとうに彼らと別れたことを思い知った。

そして、前にも1度、デリーからジャイプルへ戻った日のことを思い出した。
駅の階段を登ろうとした所、後ろからいきなり掴まれおどかされたんだ。
迎えに来てくれていた彼らはホームの近くに隠れ、私たちの姿を探していたらしい。
そのままトゥクトゥクに飛び乗ると、歓声をあげ物凄いスピードで道を逆走し、結局対向車にぶつかり睨まれて進めなくなったっけ。
トゥクトゥクを手で押し、来た道をバックで戻った時は、ほんとに可笑しかったし、泣くかと思った。
私たちが戻って来たことを心から喜んでくれていたから。

またそんなことを、少しだけ期待していたのかも知れない。

こうやって今忘れてしまっていることも、また必要な時に必要な分だけ思い出すんだろうな。それで問題ないんだと。

再び走り出した列車に乗り込むと、窓の外を眺めるのはもうやめにした。




つづく。

2013年10月4日金曜日

One day

何度もハイタッチをし、抱き合った。私たちは出会って、別れた。


耳を疑う程ストレートな彼らの言葉は、流れ込んで来る度、笑みがこぼれた。

滑り込んでしまった彼らの日常には、私たちの凝り固まった頭の中をほぐし、空っぽにしてくれる、強くて優しい力があった。
一気に惹きつけられて、一気に解き放たれた。

心から惚れ込んでしまった私たちは、長い様であっと言う間の時間をとにかくいっしょに過ごした。

ジャイプルでの日々、プシュカルへの小さな旅、親戚の結婚式、夜のドライブ、屋上での宴、踊り笑い転げた。

毎日、それは好き勝手に過ごした。彼らの生活は自然そのものだった。

ビールをウイスキーをタバコを水を食べ物を音楽を
時間を空腹を疲労を睡眠を

幸せと僅かな痛みも分け合った。

私の膝は誰かの枕になり、その誰かの膝は他の誰かの枕になった。


そこに私のものなど何もなくて、それが何よりの教えとなり、喜びに変わった。
彼らはもうずっと前から大切なことを知っているんだ。



縛りをを解いたら、旅はもう終わっていた。
私は今、インドがただただ最高に楽しい。

所有する事をやめたら、1日がずっと愛しくなったんだ。
また新しい1日が今日も始まる。


サム、モシン、リアン、カーリー、チャンバブー、ありがとう。

また恋をしてしまった。
気が多いと言われるけれど、愛する皆様、この先も私を虜にし続けてください。