2013年7月30日火曜日

ホーチミンでの日々

そこかしこから鳴り響くクラクションの耳障りな音。
少し立ち止まろうものなら、これみよがしに話しかけて来るバイクタクシーやホテルの客引き。

いよいよやかましいホーチミンに着いた。


バックパッカーの集まるデタム通りまで出ると、記憶がたちまち蘇ってきた。去年もヒロちゃんとホーチミンを旅したのだ。

長時間の移動で疲れていたはずなのに、すっかりボルテージは上がり、早速飲みに出かける事にした。

土地勘があるのは嬉しいもので、
この道通ったね、だの、ここ行ったねと、足並みが揃う。


翌日もとにかく歩いた。歩けば歩く程に思い出話が湧いてくる。

スイティエン公園の衝撃、ニャチャンまで乗った寝台列車、パッとしなかったメコン川クルーズ。そして、町探索。

ベンタイン市場を見つけた時は悲鳴に近い声を上げた。
二度目の再来は想像以上に楽しいものになった。




迷ったけれど、今回は去年行けなかった戦争証跡博物館へ行く事にした。
ベトナム戦争は僅か40年前の話。館内には目を背けたくなる写真が並ぶ。

何十万人の死者が出た事、今もなお苦しむたくさんの人たちが居る事、戦争を知らない私たちが知らなきゃいけない事、忘れてはいけない事、考える日になった。

糸口になったと思う。

いつになったら終わるのだろう。
世界はまだ、こんな戦争を起こそうとしてるの?







つづく。

2013年7月29日月曜日

ホイアンでの日々

雨季のこの時期は一日に何度かスコールに降られる。
外に出ていれば、ましてバイクにまたがっていた日には、くっそー!と、声を出してしまいそうになるが、20〜30分も待てば止む。

私はこの時間が何となく好きだった。リズム良く地面を叩く、雨の音。
宿のロビーでホイアン最後の演奏を聴いていた。


黄色の壁で統一されたホイアンの古い町並みは可愛らしい。


夜になると町中の提灯に明かりが灯り、日本のお祭りの様で嬉しくなった。
夏休みに入ったばかりの日本でも、今頃はっぴ姿の子ども達が綿あめでも頬張っているのだろう。


夕飯は町の外れにある屋台で、ホイアン名物のホワイトローズを食べ、ビールを飲む。
このホワイトローズと言う水餃子に似た食べ物が絶品で、すっかり気に入ってしまった。発祥と言われるお店にも行ってみたが、屋台の味の方が口に合うらしい。


1500年代終わりに日本人によって建設された、日本橋。橋を渡ると更に町が続く。


ただ町中はどこも観光客向けのお土産屋さんがほとんどなので、半日も歩けば飽きてしまうわけで。

そんな迷路の様な町をぐるぐると歩いて回ったのは、レンタルしたバイクがなくなっていたからだ。焦った。 

近くに居た人に聞いたら、あそこに移動されたんじゃないかと言う。言われた所へ行ってみたものの、並べられたバイクの中に私達のバイクはなかった。
途方に暮れ元の場所に戻り、どうしようかと辺りを見渡すと、見覚えのあるバイクが。

少し離れた所に移動されていただけだった。邪魔だったんだろうな、ごめんなさい。
しかし、今度はそこで関係ないであろうお土産屋さんのお兄さんが、お金をよこせと言う。
ホッとしたのと同時にどっと疲れが出て、気づけば日本語で散々文句を言っていた。

そして、情けない事に少し高い歩道に乗せられたバイクを車道に下ろす事が出来ず、最終的にそのお兄さんにヘルプヘルプと何度も頼み、渋々手伝ってもらったんだった。
帰り際には調子良くバイバイと手を降って。


やっとこ見つけたバイクにまたがり、降り出した雨が止むのも待たずに、そそくさと宿へ走り出した。

雨音は次第に強くなり、宿に着いてすぐ土砂降りに変わった。大合唱が始まった。



このまま駆け足で、一気にホーチミンまで下る。またしても24時間のバス移動。
10日間でベトナムを下るのは少々無理があったかな。


出発前に入ったお店で噂に聞いていた15円のビールを見つけた。最高。もっと早く行きたかったな。


つづく。

2013年7月23日火曜日

ハノイでの日々

VIPバスだと言われて連れて行かれたバスステーションには、しょっぱいバスが停まっていた。

現地の人たちの中、旅行者は5人だけの様だ。ローカルバスの余った席に、乗せてもらった。と、でも言うべきか。
詰め込まれた一番後ろの席はカーブの度に力を入れないと座って居られない。


それでも過酷と聞いていた24時間の移動は、寝て食べて話して音楽を聴いて窓の外を眺めて、
そうしていたら、ベトナムはハノイに着いた。


ラオスで知り合った健太郎くんも同じ夜にベトナム入りし、宿も近いとの事で、翌日ハロン湾へ一緒に行く事にした。ずっと行きたかった場所の1つだ。


ハロンとは龍が降り立った地と言う意味があるらしく、まるでドラゴンボールの世界。


数年前から世界遺産の写真集や各国のガイドブック、旅行記ばかりを集めては、日々ニヤニヤと過ごしていた。

指をくわえて眺めていたそれらの景色を、遺跡を、建築物を、いざ目の前にした時、
悲しいかな、期待が膨らみ過ぎて、あれ?と思う事は少なくない。

カメラマンがベストシーズンにベストスポットで撮った写真と対比するのもナンセンスなんだろうか。



紛れもなくハロン湾はそこにあって、生憎の曇り空の下、大小様々な無数の島々が遠くまで広がっていた。
もうずいぶんと写真やTVで知ってしまったその景色は、私の目に何だか色褪せて写った。

それでも振り出した雨が止み、改めて辺り一面を見渡した時、
来て良かったと思えるのは、やっぱり自分のこの目で見れたからだろう。見たかったからだろう。

目的地に辿り着くまでの過程はいつも楽しいし、この先もこの目で見たい世界遺産はたくさんあるんだ。


ハノイの町中へ戻り、乾杯した。
ベトナム料理を食べようと入ったお店で頼んだシーフードの鍋は豪華で美味しかった。店員のキュートなお姉さんが目の前で具材を入れ、取り分けてくれる。
ガツガツと食べてはビールを飲み、一段落した所で、
ベトナム料理とても美味しい!と伝えた所、これはラオス料理だと派手に笑われたんだった。



その国の人の満面の笑みを見た時、笑い声を聞いた時、その町を一気に好きになる。
ゲストハウスのスタッフ、同じバスの乗客、屋台で相席した人、話しかけて来る怪しい人。
人、人、人。
私はベトナムが好きでベトナム人が好きだ。

サパへ向かう健太郎くんとはここでお別れ。
またどこかで会えるだろう。そんな気がしてならない。
冗談の様な口約束もいつか実現するんじゃないかと思ってる。



雨漏りする窓側の席、汚い毛布で寒さをしのいだ。
スリーピングバスで18時間、次なる町はホイアン。 
移動が続き、少し疲れが溜まって来た。



つづく。

2013年7月21日日曜日

ルアンパバーンでの日々

何もないと言われたラオスの何を知る事も出来ずに、この地を後にする。


バンビエンから、更に北のルアンパバーンへ向かった。

6時間の道中、乗り物に乗るとすぐ寝てしまう私が、しばらく窓の外に見惚れていた。
次から次へと目に飛び込んで来る大自然に圧倒されっぱなしだった。天にも届きそうな山のてっぺんと、繋ぐ深い深い谷。

裕福とは言えない家が現れては、並んだ。砂ぼこりの中、全裸で遊ぶ子ども達。まだ幼いであろう女の子が赤ちゃんを負ぶってたくましく歩く。
昼下がり、子どもばかりを見かけた。学校には通っていないのだろう。

ぐんぐんと山を越え着いた先、ルアンパバーンは町全体がユネスコの世界遺産に登録されていると言う。静かで落ち着いた町並みが印象的だった。

翌朝、まだ薄暗い早朝5時に気合いを入れて起床し、托鉢風景を見に行った。バナナとお菓子を買い、僧侶に手渡す。
鮮やかなオレンジ色の袈裟が幾重にも連なるその光景が目に焼きついた。


クアンシーの滝はなかなかの迫力で見応えも十分にあった。ブルーラグーンより、水もずっときれい。

でも、目的は下った先にある乳白色の天然プール。
わー!きゃー!と、飛んでは泳いだ。潜むドクターフィッシュに何度も足をくすぐられながら。



ここラオスでは、日本人と遊んでばかりいた。
カンボジアで出会ったけんたくんと嬉しい再開もした。
同じ宿で仲良くなったクロちゃんとは毎日の様に出かけた。


男の子の旅はいいな、改めて思う。

川にバイクで落ちた友だち、レディーボーイにiPhoneを盗まれた友だち、警察に捕まった友だち、みんな笑ってた。
夕飯時はビール片手にいつも賑やかだったな。



いよいよ24時間のバス移動が始まる。
国境を越え、4ヶ国目のベトナムに入る。そして、28日までにホーチミンへ行かなければならない。

計画はちっとも上手くいかない。

迫るカトマンズ行きの航空券を捨ててもいいと思った程に、ラオスにはまってしまった。


時間はあるはずなのに、想像を越えた世界は無限の時間を要する。

8日間の滞在では、ラープを味わい切る事も、ラオビールを十分に堪能する事も出来なかった様に思う。



またおいで、そんな風に言われてる気がした。



つづく。

2013年7月15日月曜日

ビエンチャン、バンビエンでの日々

地球の歩き方にも書いてあった、旅人も言う、
「何もない」と。
異口同音の地、ラオスへ入国。


入国までの道中、トラブルが続く。
終いにはタイ出国時にオーバーステイで高額の罰金を支払う事に。ただただうっかりしていた。

出発した日の事を思い出す。
成田空港に着く直前にターミナルを調べようとフライトナンバーを確認した所、ない!
慌てて調べ直したら、私の飛行機は羽田空港だった。その時も2人してうっかり、成田空港だとばかり思い込んでいたのだ。

1+1で2の力にならないばかりか、一人前にも程遠い。
大きなトラブルを起こさない事だけを祈り、思い出し笑いをしながらも、何とかなると思う気持ちを半分だけ捨てた。



ようやくラオスはビエンチャンへ。

有名な観光地を3つ程勢い良く回り、雰囲気に煽られて、翌日にはバンビエンに居た。

フランスの植民地だったラオスは、パンが美味しいと言い、町の至る所でサンドイッチ屋さんを見つけた。


巨大なフランスパン1本に好みの具を選んで、約200円。チキンがほぼ衣だけなんて事もあるけれど、ボリュームたっぷりでまずまず美味しい。アゴが痛くなるそれを、もぐもぐと頬張る。

久しぶりに日本人の集まるゲストハウスに泊まったので、日本に居る様な錯覚さえ起こす。飛び交う日本語に何だかほっとする。
これから先行くであろう国の情報をありがたく頂く。


ある夜はクラブで酔っ払い、ある日は一日バイクで遊び回った。


6mの高さはあろう木の上から飛び込む。この高さ、この恐怖心、癖になる。
水面に着く寸前に目が覚め、と同時にズドーンと豪快に沈む。地上に顔をプカッと出し、まわりからいっせいに拍手を浴びる。気持ちが良い。
その後は真っ暗な洞窟でクタクタになるまで、子どもの様な冒険もした。

ダラダラと歩く牛を上手く避けながら、砂利道を戻る。


四方を囲む山々は地元の妙義山にどこか似ていて、見上げる度に溜息が出てしまう。雨上がりはかすんだ山に光がさし、岩肌は一段と輝きを増す。


疲れた体に、ここぞとばかりにラオビールが染み渡る。
遊び疲れた、よく眠れそうだ、なんて贅沢なんだろう。

曲がった事のない交差点を曲がり、
ちょっとそこまでのつもりが迷子になって、
そんな風に行くつもりのなかった地へ、どんどん、どんどんと進んでいく。



つづく。

2013年7月11日木曜日

チェンマイでの日々

パーイから戻ったチェンマイは騒がしく忙しない。
車の量も多く、空気も悪い、何だか疲れてしまった。



気を取り直して久しぶりに歩こう。見落としがちな町の雰囲気を味わうにはこの速度が1番。

ラオス行きの安いバスチケットを探しに、市内から少し離れた、チェンマイ駅まで歩く事にした。とぼとぼと、30〜40分位経っただろうか。

バスチケットを無事購入し、マンゴーチーズケーキが美味しいと噂のUPPER CRUST CAFEへ。本当の目的はこっち。


正直、タイでこんなに美味しいケーキが食べれるとは思っていなかったのでびっくり。
甘さ控えめで滑らかな口溶けのチーズ、マンゴーの黄色は目にも鮮やか。これは後を引く。思い出すと苦しくなる。
頭の中はチーズケーキいっぱいで、今もこれを書いている。


帰ってゲストハウスのママに今日は駅まで歩いたと話すと、ずいぶんと驚いていた。地元の人は10分以上歩く場合、乗り合いタクシーのソンテウに乗るらしい。

暇なんだと、笑った。


お酒を控えてる分の贅沢に、翌日もお目当てのカフェを探しに出かけた。
チェンマイ大学美術館の敷地内にある、Din Deeと言うお店。

チェンマイ大学は東京ドーム87個分の広さと言う、とても想像の出来ない巨大キャンパスで、学生は無料のソンテウで敷地内を行き来出来るらしい。
学生だと思われたのか、ソンテウを使って、難なくカフェに辿り着く事が出来た。

土で作られたお店は、風通しが良く涼しい。ここでもチーズケーキを頂いた。優しい味がした。


そう言えば、バーンロムサイで泊まった部屋も、ムーンビレッチでお茶を頂いた家も、土で作られていた。

土にはしっとりとした温もりがあり、何だかとっても安心するのだ。初めて訪れた場所なのに、懐かしい匂いがした。



チェンマイには素敵なカフェがそこら中にあり、他にも入ってみたいお店は沢山あったが、また次の機会に。


もうすぐ日が暮れる、迎えの時間だ。
いよいよタイを出る。
気づけば約1ヶ月を過ごした。

南の島は底抜けに明るく、北の田舎は時が止まったかの様に穏やかだった。

都会の夜の喧騒も好きだけど、緑と太陽の下過ごす日々は、体を軽くし、頭を空っぽにしてくれた。
これからも田舎を目指してしまうのかな。



つづく。

2013年7月9日火曜日

パーイでの日々(後編)

もう1泊!
チェックアウトの時間が迫る度に、繰り返しチェックインした。


シナモンの香りは眠くなる。取り分け良くも悪くもないゲストハウスだったけど、目の前にはチャイの美味しいカフェがある。


いい所だよ、訪れた人は口を揃えて言う。
訪れてみて、やっぱり誰かに話したくなる、そんな町だった。


町中から少し離れれば、広がる田園風景。もう少し走れば、人の姿もなくなり、澄んだ空気に控えめだけど、深緑に光る山々。

一昔前はヒッピーの溜まり場、なんて言われてたらしい。
今も長髪にヒゲをたくわえたお兄さんが、町中のメインロードで商いをしている。それはのんびりと。


この旅で荷物は増やさないと決めていたのに、一目惚れのタイパンツを買ってしまった。
毎朝通ったカーオ・マン・カイのお店。夜になると並ぶ屋台では、あれこれと食べ歩き。
フルーツシェイクの美味しいカフェでは、夕方になると降る雨を眺めた。すっかり気が抜けてる。




これと言った観光名所もないし、何だかとってもふざけた町なんだ。
程よく賑やかで、のんびりしている。
故に長期滞在してしまう旅人が沢山居るのも納得してしまう。

そんな愛嬌たっぷりのパーイを、後ろ髪引かれる思いで後にする。


南から北へ、タイを味わった。そろそろ出てもいい頃だと思って。

チェックアウト1時間前。シェイク屋さんに寄って、バスを待とう。



つづく。